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こどもに伝えたいこと:優木美紗子さん

 太陽の光が眩しい土曜日の昼下がり、息子さんの手を引きながら、待ち合わせていたカフェに彼女が現れた。京都在住の優木美紗子さん(仮名)。芯があるが、おっとりとした雰囲気ももちあわせており、周りを和ませてくれる、そんな女性だ。母親として息子さんに向けられる優しい眼差しを見ていると、息子さんの無邪気な笑顔の理由がわかるようだ。優木さんは現在、働きながら子育てに励んでいる。

<写真①息子さんと手をつなぐ>

息子の成長から感じる「自然に理解する」ということ

―子育てはいかがですか?息子さんとのコミュニケーション方法も教えてください。

 もともと子どもが好きだったので、妊娠中から子どもを育てることが楽しみでした。生まれてくる子どもは、聞こえる子か聞こえない子か分からなかったけれど、私としてはどちらでも良いと思っていました。ただ、私が聞こえないので、子どもとは「手話を使って話そう」ということは決めていました。実際生まれてみて、子育てはほんとにおもしろいです。息子から親としても育ててもらっています。

―息子さんと共通のコミュニケーション手段をもつことは、息子さんの成長にもかかわってきますし、大切だと思います。優木さんの、手話との出会いはいつですか?

 私の聞こえは軽・中等度難聴です。手話は大学生になって、偶然覚えました。「手話があるのとないのでは全然違う!」って驚きと感動、そして混乱がありました。自分の身体の中で、耳が一番弱い部分であるとわかっていました。

 でも周りからは「ある程度は聞こえる」ことに注目されて、聞こえる人に近づくことができるように、「がんばれがんばれ」と言われてきたんです。そんな人とのコミュニケーションは、子どもだった私にとっては酷でした。手話で話せるようになって初めて、人と話すことが「心から楽しい」と感じられました。本当に人のことが「好き」とか「大事」と思えたのも、聞こえる人とも聞こえない人とも手話で対等な立場で話し合えるようになってからですね。

―手話との出会いで、優木さんの人生に大きな変化があったのですね。そのような経験から、子育てをする上で大切にしていることはありますか。

 私の家庭の話をすると、息子は聞こえて、主人も聞こえます。うちでは子どもが0歳の時から、「お母さんは聞こえないよ(お父さんは聞こえるよ)」ということを、ことあるごとにオープンに話すことを大切にしています。
 たとえば、ある部屋に家族3人で居た時の話です。別の部屋の洗濯機が止まった音を、1歳になった息子が「あ」と指差しするんですね。私は「ん?何かほしいの…?」とききました。息子は「え?」という顔をしました。すると主人が「違うよ、洗濯機が今とまったんだよ。お母さんは聞こえないからな~。(息子の愛称)は教えてあげようと思ったんだよね。よくわかったな~(なでなで)」と褒めました。その後、息子は改めて私に対して「洗濯機」という身振りをしてくれました。私は息子と話すとき、手話だけ、手話と声、声だけなどいろいろです。でも、息子自身からの発言は2歳まで手話のみでした。

<写真③手のイラスト写真>

―洗濯機がとまったことを教えてくれた息子さんと優木さんとの間に、少しコミュニケーションのずれがあったと思います。でもそこで、状況を理解できる大人が入ることで、子どもも納得することができたのですね。理解がある人が身近にいると、心強いと思います。息子さんも、お母さんが聞こえないことを自然に理解していったのですね。

 そうですね。息子の遊びの世界にも、いつも自然に「聞こえる人」と「聞こえない人」がいます。息子がぬいぐるみを、「このうさちゃん聞こえる。くまちゃんも聞こえるの。アンパンマンは聞こえない」と言って遊びます。

息子/聞こえないアンパンマンの家に、うさちゃんが遊びに行って、「ピンポーン」としても出てこない。
お母さん/どうしよう?
息子/どうしよう…?(家にあがって)トントンってするの。そしたらアンパンマンが「はぁーい?」

 テレビに出てる人も、「このおじちゃん、聞こえる?」と尋ねてきます。手話ニュースキャスターを見ると、「あ、お母さんとおんなじ!」と喜んでいました。「そうやなあ~『おんなじ!』がいいんだよねぇ」と返します。でも、最近は聞こえる便利さの葛藤もあるようで、「お母さんも聞こえるようになって~」とも言っています。

―息子さんにとってはきっと、聞こえないことが障害っていう感覚はなくて、日々一緒に過ごす中で、お母さんとのかかわり方を考えているのですね。息子さんの言葉一つひとつに、考えさせられますね。

 「お母さんも聞こえてほしい」という一方で、息子は私とおんなじになりたくて、今も自分用の補聴器をよく欲しがっていますね。日常のとりとめのないやりとりで、世の中にはいろんな人がいることを自然に理解していってほしいです。

 

大切なことを隠さず自然に話そう

―優木さんはどのような幼少期を過ごされましたか?学校での様子や、当時感じていたことについて教えてください。

 私が子どもだった頃は、聴覚障害児教育も「聴覚口話法」一辺倒で、とにかく「健聴者と同じように聞こえて、話せること」が目標でした。小学校のクラスで、同級生からふつうに「なんで聞こえへんの?」「治るの?」ってきかれて、こっちも何とも思っていないから、「さあどうかな~」なんて言っていました。でも、私も「なんでかな?治るかな?」と気になって、難聴学級の先生に聞きにいったんですね。そしたら、先生が返答に困って、こう言いました。「う~ん、大きくなったら聞こえるようになると思うよ。」
当時は専門である先生も、「聴覚口話法の訓練で、(現実以上に)聞こえの力が伸びると、みんな信じていた。」と後で話して下さいました。

―そういう時代の流れの中で、聞こえないことへの理解がまだ曖昧で不十分だったのですね。

 当時のやりとりを今思えば、先生だけではなく、周りもやっぱり聞こえる人と「同じ」であることをどこかで求めていたと思います。さらに当時は、「口話の妨げになる」として、手話は専門家の間で認められていませんでした。だから親も「手話があった方がいい」という発想には結びつきませんでした。

―聞こえないことに対して、どのように言ってもらいたかったですか。

 自然に、「聞こえるようにはならないよ~。でも、よく聞いてくれたねぇ。」と言ってほしかったです。「自分も聞こえない人として大きくなって、こんな風な大人になるかなあ。」なんて、ロールモデルになる大人に出会いたかった。
 なんか話してはいけない、ふれてはいけない雰囲気を大人(社会)側が作るから、そうした当たり前のことにふれないで、大人になっていってしまうと思います。だから、息子には私のような思いはさせたくないと思っていますね。

<写真⑤優木さんの手から息子さんの手へ実を渡す>

―大人は子どもから、いろいろな質問をされますよね。その中で耳が聞こえない、目が見えない、足が不自由な人などを見かけた時に質問を受けて、どう説明したらいいのか考えると思います。そんな時、ふれてはいけない話題にしないためにも、質問に向き合うことが大人の役割ですね。

 息子も近い将来、友達からも「お母さん聞こえないの?」ときかれることもあると思います。その時に、今まで家でオープンに話してきた積み重ねがあれば、「今日学校でこういうこと言われたんだけど」と自然に話題に出してくれるかなと思っています。

<写真⑥優木さん公園で息子さんとツーショット>

 

 優木さん親子の笑顔をつつむように、さわやかな風が吹いた。
幼い頃からの複雑な心の移り変わりを経た今、優木さんはこれまでの思いを胸に、一人の母親として息子さんと向き合っている。子どもは成長する中で、自分で体験したこと、見たこと、感じたことを、自分なりに理解しようする。そして周りの人とのかかわり方を考えていく、そんな力をもっている。
 「世の中にはいろんな人がいるんだよ」ということを、様々な人との出会いを通じて、頭と心と身体で自然に理解していってほしいという優木さんの想い。一人ひとりのかかわりから生れる経験や想いが、聞こえない人がおかれている状況を、さらには社会をよりよくしていく原動力になればと期待している。

 

(Photo by Kazuho Kurita)

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