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【工夫が沢山】聴こえない子どもたちの学び舎・京都府立聾学校へ行ってきました。

おひさしぶりです

こんにちは。記事がいちいちご無沙汰ではありますが、
しっかり動いていますよ(苦笑)サイレントボイスの尾中です。

さて、今回は聴覚障害のある生徒向けにもオンライン家庭教師事業を
提供しているエイドネットさんと共に京都府立聾学校を訪れました。
自分が体験してこなかった聾学校や聾教育を体験して知るべく行ってきたのですが
聴こえる人には想像のつかない工夫が沢山あり、予定通り刺激ビンビンでした。

酒井校長先生
酒井校長先生

京都府立聾学校とは

日本で初めての聾唖者や盲者のための学校「京都盲唖院(1878年開学)」を起源とする学校。
驚いたのは、聴覚障害のある生徒と視覚障害のある生徒が共に学ぶ時代があったということ。
現代でも使われている「誰」という手話には、そのなごりが残っています。

1925年の聾唖学校令により、盲唖院を分離し現在のような形が整う。
幼稚部から高等部まであり、京都市右京区の仁和寺の直ぐ側にある本校と京都の北部・舞鶴にある分校には
京都や近郊の都道府県の生徒90名が在籍しています。

そもそも聾学校とは、

ろう‐がっこう〔‐ガクカウ〕【×聾学校】 聴力に障害をもつ児童・生徒に対して、幼稚園・小学校・中学校・高等学校に準じる教育を施し、併せて障害による困難を補うために必要な知識・技能を授ける学校。 平成19年(2007)学校教育法の改正により、法律上の区分は「特別支援学校」となった。(goo辞書より)

しかしながら、日本全国すべての聴覚障害を持つ児童・生徒が通っているかというとそうではない。
健聴者(聴こえる人々)と同じ学校を選択して通うこともできるのだ。

校内へ
レッツゴー

さて校内へ

日本初の盲唖者のための学校であり、明治期から137年の歴史があるとはいえ
校舎は移転や改装され、日本の平均的な学校という感じでした。
休憩時間に入れば、子どもたちの「きゃっきゃ」と、はしゃぐ声も聞こえるし
なんだか、自分の学生時代を思い出しました。野球のグローブ買おうかなぁ。

校内の案内は酒井校長先生直々に、それはそれはご丁寧にして頂き
校長先生のお人柄が見えるようなそんな時間でした。

酒井校長は聾学校に着任するまで手話との関わりはなかったそうですが
15年以上の聾学校での指導を通じて今ではとても滑らかに日本語を話しながら手話でも話されていました。

階段の鏡に注目!
階段の鏡に注目!

教室へ向かいます

学校へ行ったならば、教室が見たい!!という単純な発想で歩いていたら
ここは聾学校、階段にひと工夫ありました。大きな鏡です。
これは、音で人の気配(足音や話し声)を察知しにくい子どもたちが
視覚的に相手の存在に気づき、事故を避けるためのものでした。

人々の潜在的なニーズに具体的に答えていく…
この建築に携わった人々への「匠(たくみ)」という言葉が頭をよぎります。

教室内へ
教室内へ

掲示物
学校の先生ってやっぱり字がうまい。

これぞ学校と言わんばかりの、掲示物ですね。
やはり、聴こえない分の情報は目で補うため教室の窓以外の部分には掲示物を貼れるようになっていました。

そうこうしている間に、始業時間を迎え、生徒たちが戻ってくるぞ〜!

電光板が切り替わることでチャイムの代わりを果たします。
電光板が切り替わることでチャイムの代わりを果たします。

パトライト
パトライトが点灯してお知らせ

教室から出るとチャイムの代わりになるアイデアを発見。
聴覚障害と一括りにしても、聴こえのレベルは人によってバラバラ。
どれだけ大きくチャイムを鳴らしても聴こえない子どももいます。
このパトライトや電光板の色や光が切り替わることで休憩中と授業中を区別します。

みんな素早く教室へ入っていきました。

英語の授業だ!!!
英語の授業だ!!!

授業開始!

先ほどお邪魔した教室では、英語の授業が始まりました。
英語といえば「発音」のイメージがありますが、
聴力がない子どもたちは、かなり苦戦を強いられます。
相手の声もそうですが、自分の声もきこえない場合が多いため
「正しい発音」のイメージ作りと「自分がどれくらい正しい発音に近づいているか」がわからないためです。
多くの聴覚障害がある子どもは、幼い頃に厳しい日本語の発音の訓練を経て
健聴者に近い発音を獲得する場合が多いため
ここでは「Maya’s grandmother(マヤズ グランドマザァ)」の様に
英語の発音に近いカタカナが読みがなとして書かれていました。

この京都府立聾学校の授業をいくつか見た限りでは
声と手話と板書を交えながら先生・生徒間の意思疎通を行っていました。
おそらく、この聾学校の先生の中には健聴者の学校から赴任して
初めて音のない世界に触れて困惑している方も居られると思います。
私も全てを見たり知っているわけではありませんが、
「情報保障」の心がけを感じたというのが正直な感想です。

情報保障(じょうほうほしょう)とは、身体的なハンディキャップにより情報を収集することができない者に対し、代替手段を用いて情報を提供すること。 情報保障とは、人間の「知る権利」を保障するもの。いつでも、誰も情報が伝わらない状況に陥る可能性がある。(ウィキペディアより)

写真(下)は生徒の作品。
「in」を視覚的・イメージ的に捉えており、分かりやすい。
手話表現に通ずるところがある。

生徒の作品
生徒の作品

先述の通り、人それぞれ聴こえのレベルが違うので、教材によってはスピーカー(写真・下)を使って大きい音を出すこともあるそうです。

立派な音が出そうなスピーカー
立派な音が出そうなスピーカー
教科によって新しい言葉が出てきた時はそれを表す手話も学びます。
教科によって新しい言葉が出てきた時はそれを表す手話も学びます。

ハイテク!手の込んだ授業!

これは、社会の授業ですね。
教室には1台液晶画面があり、社会では写真や図を表示して活用されていました。

先生「(画面の空欄を指差して)ここの答え、なんだと思う?」
生徒「〇〇!」
先生「そう!〇〇ですね!」⇒画面の空欄に鮮やかに文字が浮き出る!

液晶画面を華麗に使ってどこかのTVショーみたいな一幕もありつつ
チラ見程度ではありますが「わかりやすそう!!」と直感的に思いました。

理科の授業
こちらは理科の授業。資料集と教科書を同時に見ている感じですね。

大切な授業中に窓から大人たちがいきなり覗き込んですみませんでした。
内容を理解しようと真っ直ぐ先生を見つめる生徒さんたちの顔が印象的でした。

さて、廊下を歩きます。

表情
突然ですが、これは何の表情かわかりますか?

ハズカシイ
答えは「恥ずかしい」でした。

アートが目につく。

廊下を歩いていると、たくさんの生徒の作品が目に飛び込んできます。
確かに学校って卒業生が作ったものとか増えていくので、
多い事自体は珍しいことではないのかもしれませんが…

アート作品が多い
アート作品が多い。

指文字軍手
指多い。

多いと思ったら、京都府立聾学校には高等部に「京都アート科」という学科が
近年、新設されており学校全体としてアートには親しみのある学校なのでした。

京都アート科の説明

京の伝統・文化を継承し、新たな芸術表現の探究・創造をするとともに、学力の充実を図り、芸術・美術系大学進学をめざした教育をすすめます。(京都府立聾学校ホームページより)

京都アート科生徒の作品:一部過ぎて恐縮です。
京都アート科生徒の作品:一部過ぎて恐縮です。

これは、それぞれ漢字をイメージに表した作品。
左上は「爽」、中上は「甘」、右上は「渋」
左下は「賑」、中下は「辛」、右下は「苦」

生徒の作ったものを見渡しているとアートとはいえ
言語的なもの(言語に関わるもの)が多いことに気づく…
これは、日本語(音声言語)と日本手話(視覚言語)を頻繁に行き来する
彼ら・彼女たちにとって、言葉のイメージ化・イメージの言葉化というのは
学ぶ重要性の高いことなのだと私は理解しました。

イキイキと作品の制作に励む女学生に別れを告げ
最後はグランドを見学。

芝生
仁和寺の屋根と青々とした芝生。申し分ない環境。

芝生がうらやましい限りでした。
この恵まれた環境に甘んずることなく運動部も活発だそうです!

全体を通じて

学校のこんなに中に入ったのって、社会人になって初めてで久しぶりだった気がします。
「若さ」の尊さを、全身で感じました。
でも、こんなおじさんが伝えたところで、今を生きてる生徒さんたちには伝わらないかもしれませんね。
「彼ら・彼女たちの青春に幸あれ!」と、古都・京都の奥ゆかしい雰囲気の中で叫ぶことはできませんが
関わっていたい、見守っていたいという魅力やエネルギーを感じました。

最後になりましたが、本当に本当に丁寧に案内していただいた校長先生や先生方、
イキイキと話に応じてくれた生徒のみなさん、本当にありがとうございました。

拙いレポートではありますが、この記事が、聾学校を身近に感じることや
ろう者の特性や必要な配慮の内容理解に繋がれば幸いに思います。

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