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逆境を楽しむ生き方をしたい:青木毅さん

「コンコンチキチン・コンチキチン」

 京都の街に祇園囃子の音が響き、様々な提灯が飾られるようになると、梅雨明けも間近で、いよいよ夏本番を感じさせる。平安時代から1100年以上続くこの伝統ある祇園祭に、特別な想いを寄せ関わっている、一人の男性がいる。

 青木毅(あおき たかし、42歳)。落ち着きがあり、大人の雰囲気が漂う彼は、生まれつき耳が聞こえず、左目が青い。一般的に障壁となる部分を自身の強みに変え、目の前の課題に挑み続けるバイタリティ溢れる彼は、祇園祭の曳き手(ひきて)のみならず、劇団あしたの会の役者や、目で聴くテレビ手話キャスターなど、多方面で活躍中だ。祇園祭に関わり始めて今年で8年目となる彼は、どのような想いでこの祭に関わっているのだろうか。

 

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聞こえないことを理由に諦めたくない      

――なぜ祇園祭の曳き手をやりたいと思われたのですか?

 僕は子どもの頃から、祭が好きでね。祭って、みんなが自然と笑顔になれる場だと思うし、周りのみんなが笑っている顔を見ていると、楽しい気持ちになれる。僕は生まれも育ちも京都だから、祇園祭になじみがあって、30代半ばに「自分も祇園祭に参加出来るなら参加したい」って思ったことがきっかけかな。インターネットでボランティア募集の案内を見つけて、応募条件に自分も当てはまると思い、迷わず申し込んだよ。

――それで曳き手を始められたのですね。

 いや、それがそうはいかなかった。最初は聞こえないことを理由に断られたよ。危ないから遠慮してほしいってね。やりたいという気持ちが大きかっただけに、最初からできないと決めつけられると、悔しかった。担当者も、聞こえない人との関わり方が分からなかったんだと思う。

 でもその年、山鉾巡行の様子を見ていて、やっぱり工夫すれば自分にも出来るはずだと感じた。「聞こえないからできない」じゃなくて、「聞こえなくても方法によってはできる」っていうことを示す努力をして、分かってもらえるようにすることが、自分の役割だと思った。残念ながら、その時はその想いを上手く行動で示すことができなかった。

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人は課題があるから前に進める

 

――「聞こえないから参加できない」という大きな課題に立ち向かうその原動力は、何だったのですか?

 これは自分だけの問題じゃなくて、聞こえない人を取り巻く環境とか、もっと大きな社会の問題だと思った。自分をきっかけに、やる気がある人ならどんな人でも受け入れられるような祭になったらいいなって。前例がないなら、自分が道をつくればいい。初めてやることには、失敗はつきものだからね。おかげで、それからの1年は、自分という人間を冷静に見つめ直す時間が増えたし、いろんな人と出会い、話す中で、自分ってどういう人間なんだろうって、知る努力をした。

 僕は、聞こえないことで、子どもの頃から周りの人より、ぶち当たってきた壁が厚く、多かったと思う。だから、「どうやったら壁を越えることができるか?」と、常に考えていた。そこで自然と、努力すること、工夫すること、自分で情報を取りに行くことに対する慣れができたんだと思う。上手くいかないこともあるけど、成功することもあって、そんな積み重ねで、自分にも自信がもてるようになってきた。恵まれた環境だったら、今の自分はいないと思うな。

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 人って、大人になると、壁を避けるのが上手くなるよね。でも自分は、それが嫌だった。避けていると、そこで成長が止まってしまうし、向き合ってみる方が、失敗しても、結果的に得る物がある。

 人間は、生きていくためには課題が必要だと思う。課題って聞くと、負の感覚を抱くけれど、身の周りに落ちている課題はどれも大事なもので、拾うか、見ないふりにするのかでは、大きな違いがある。目の前にやるべきことや、課題があるから、人は前に進めるんじゃないかな。何かのご縁で、この世に生まれたというのは、みんな同じ。そこからの問題・課題が人によって違うだけ。

 考えてみれば、挑戦できる場やきっかけは誰にでもあるから、「何をやりたいのか?」と考えるだけではなく、興味があることをまずやってみる。そしたら、きっと自分にとっての課題や、やりたいことが見えてくるはず。たまたま、その時の僕にとっては、祭に参加するという壁だった。

 

先ずは自分でできる範囲の努力を

――断られたことをきっかけに自分と向き合い、翌年、再び挑戦されたんですね?

 そう。でも、申し込む段階では、聞こえないとは言わずに参加してみた。結果からいうと、問題なく最後までやりきることができたよ。聞こえる人は、聞こえない人とどうかかわっていいのかわからない。だから、僕の場合、聞こえる人に最初から「助けて下さい」と言うのではなく、先ずは自分にできることを考えて、できる範囲の努力をする。できないところは、聞こえる人に助けを求めるといった、自分からの発信が必要だと思う。実際、周りのメンバーには、積極的に自分から話しかけてみて、手に文字を書いたり身振りで伝えた。曳き手の時は、音頭取りの扇子の動きをみて、音頭取りの2回目の動きの時に曳くんだなとか理解して動いた。聞こえない人は、日頃、視覚から情報を得ている分、見て覚えるのが得意な人が多い。自然に身についてしまった能力というかね(笑)

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――音が聞こえないという五感のひとつを失ったことで、視る力が鍛えられたのですね。
憧れの山鉾巡行の曳き手をやってみて、いかがでしたか?

 昨年担当した長刀鉾は、曳き手が50人もいたけど、一人ひとりの動きが大事で、11㌧以上ある鉾の辻回しや、雨の中、草履で長距離を歩くのは、想像以上に大変だった。でも毎年、曳き手を終えると、歴史の一部になったような、心が清められたような不思議な感覚になる。なんというか、悩み苦しみから解き放たれるような感じ。こうやって、実際に曳き手ができているのも、周りの人の理解があってこそのことなので、本当にありがたいと思い、参加させてもらっている。祇園祭に関わることによって、毎年成長している自分に出会えるし、体力が続く限り、曳き手を続けていきたい、いや、続けていかなければならないという気持ちかな。

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――やはり続けていくということは大事だと思いますか?

 そうだね。8年間関わり続ける中で、祭関係者との人間関係を築いてこれたと思う。例えば、「久しぶり!元気か?えっ、今年は長刀鉾?だったら別の担当だな。残念。またな!」と話しかけてくれる仲間、急な頼みごとでも、声をかけてくれる祭関係者とかね。関わり続けることで、聞こえない自分に対しての慣れができているんじゃないかな。

 僕は「認めてもらうこと=信用してもらうこと」だと思っていて、認めてもらうためにはやっぱり努力が必要だし、それは聞こえる人も聞こえない人も同じだと思う。聞こえないことを、言い訳や弱みにしたくない。それに、僕が参加し続けることで、いつか「自分もできる」と思って、挑戦する仲間が増えたらいいなって思う。

 

視点を変えて捉えてみる

――青木さんの前向きな姿勢と周りの理解で、そこには障壁がなくなっていたように思います。聞こえに関わらず、自分らしくいれる環境というのは、居心地がいいですよね。普段、心掛けておられることは何ですか?

 経験からいうと、必死でがんばろうとしていたら、共感がうまれることが多い。残念ながら、今の日本社会では、待っていても何も始まらないことが多々ある。だから自分の中で「努力」という言葉が柱になっている。あと、僕は生まれつき耳が聞こえなくて、左目が青い。この2点が周りと違うから、子どもの頃は「自分とは違う人」という目で見られ、いじめにも遭った。だから、「僕もみんなと一緒がいい!」とよく思っていた。

 でも、今となっては、この2点が名刺代わりのようにもなっていて、特徴があるから、周りにすぐに覚えてもらえる。出会った時点で質問してもらえる点があるから、コミュニケーションのきっかけにもなるし、「一歩リード!」なんて思えるようにもなった。一見マイナスに見える自分の特徴も、自分自身で視点を変えて捉えてみることが大事だと思う。

 

 一度しかない人生だからね、この逆境を楽しむ生き方をしたい。

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 一ヶ月にわたる祇園祭が終了して、はや一ヶ月。初秋の風が吹き、そろそろ夏の終わりを感じさせるようになったが、青木さんの熱い話をうかがうと、まだまだ暑い夏が続いていきそうな、不思議な感覚になった。

 そんな青木さんも、自分と真剣に向き合うようになったのは、祇園祭に初めて応募した35歳の時だという。自らの価値を自身に問い、聞こえないことを自らの強みに変えてきた。

 「祇園祭は僕の人生の物語。ろう者であることを、誇りに思っている」と笑顔で話す彼の生い立ちも、知りたくなった。

 

(Photo by Kazuho Kurita)

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