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なぜあの日、僕は王冠をかぶっていたのか。

尾中 友哉
尾中 友哉

この話題

「ほしい未来は、つくる」
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2013年の9月末、新卒で入社した広告代理店の上司に「退職届」を手渡した。
「恐縮」とはこれのことか…と思うほど、期待を裏切ってしまった申し訳なさが募った。
まだ、勤めて一年半も経たないときだった。
 
 
父親からは「石の上にも三年」と何度も言われた。
でも、「三年」の意味が当時の僕に本当に理解できなかった。
それくらい確信を持って、僕は夢を描き始めていた。

最終出勤の日、スーツに寄せ書きしてもらいました。(いじめじゃないよ)

あれから、気づく間もないまま三年以上経っていた。
 
 
2018年の2月26日は忘れられない日になった。
僕たちの夢が「グランプリ」になって、表彰されたのだ。
一緒に会社を立ち上げた仲間、僕の両親もそこに来てくれていた。
 
 
結果発表のドラムロールの後にステージ上で王冠をかぶって
観客席の両親の「おめでとう」の手話が見えたとき
 
 
そもそも、夢の原点は両親にもらったもので、
 
「両親が一生懸命生きてきたから、僕も一生懸命生きていこうと何度も思わされたからなんだ」って伝えたかった。
 
 
司会のガレッジセールさんがちょうど、「誰にこの喜びを伝えたいですか?」って聞いてくれて
それは、両親であり、両親に「生んでくれて有難う」って言うしかなかった。
周囲の方の気遣いで、手に持った花を預けて両手で手話で伝えた。
 
 
耳のきこえない両親が結婚して子どもを作るとき、
周囲は「遺伝で、きこえない子どもが生まれる」と心配していたそうだ。
そうやって、人によっては生まない決断をした人もいると聞いて凄くショックだった。
 
 
でも僕は、毎日楽しく生きているわけで。
両親が子どもを作ることを諦めなくてよかったなと、生まれた後の僕は思う。
だから、「生んでくれて有難う」って言うしかなかった。
そして、僕も生きていく上で何一つ諦めることってないんだなって両親の生き方を胸に、思う。

  
 

 
 
今回、ファイナリストに選んでもらい参加した「みんなの夢AWARD8」は
そんな素晴らしいことにも改めて気づかせて頂き、
自分たちの仕事としてもパワーアップして前に進んでいけそうな希望に溢れた機会になった。
 
 
同じ、ファイナリストという立場で登壇した皆さんも
すごく人間くさくて、また会いたいと思う方々ばかりだった。
(ホンマに打ち上げやりましょー)

そして、この「夢AWARD」という素晴らしいイベントを開催してくれた
主宰の渡邉美樹さんはじめ関係各所の皆さまに感謝と敬意を表しつつ
自分の言葉で振り返ってみようと思う。

改めてどんな大会だったのか

 
ステージ上にリフトで下から出てきたり、会場中央に位置するステージを取り囲むような観客席。
大太鼓の音の波動に身体が震えれば、チアリーディングの女子大生が宙を舞う。
 

 
「今からこのステージあがんのか〜〜〜!」と本番5時間前くらいに集合してた自分はソワソワ。
ファイナリストの八木さんという方は、ボクシングでならした人物であり
「ボクシングの試合前に比べたら緊張しないです」と言っていた。
本当に緊張していないご様子。これが一番驚いた。
そんな八木さんの働きかけで本番前の写真も残ってる。ありがとうございます。


 
 
本番までの時間は、イメージ練習。12月に登壇したTEDxKobeの経験が確かに生きている。
それは、原稿を丸暗記しないこと。話す内容の連なりを頭のなかで何度もイメージしていく。
あくまでイメージ練習がしやすくなるように、原稿はこんな感じ。
教わった方法ではないので、かなり独特だと思います。

「こう話したら、Aさんはどう感じるかな…?」と、Aさんを何度も色んな人に変えて反芻していく。
何度も何度も…。あとは本番の空気に任せるしかない。

審査員はビジネスを通じて夢を掴んだ先輩たち。本当の厳しさを知っている人たち。

なぜ僕が選ばれたんだろう。

なぜ僕が選ばれたのか。正直ここのところは、3月下旬にフィードバックを受けるので現段階ではわからない。

でも、自分なりにこだわって取り組んだことがあった。


自分の言葉で、自分らしく話すこと。

 
 

なぜなら大会のタイトルが「夢」だから。
だからプレゼンでは、生きた言葉で、自分が感じていることを話したい。
 
 
そして何より、日頃「伝える力・受け取る力」の研修(DENSHIN)を売っている。
プレゼンでもこの研修の話をする。絶好の舞台だからこそ、全身で伝えたい。
 
 
自分が人の夢を聞くとき、その人の言葉じゃなかったら
どこか「ホントかよ?」と思ってしまう。
どこかで見たことある、聞いたことのあるような話…そんな伝え方だけはしたくない!
言葉にした夢の輪郭を削って削って、自分だけの夢のカタチを伝えたい。
 
 
そんな想いから、↑のような原稿の形も生まれている。
原稿を丸暗記して、それをステージに立って一言一句間違えずに話すことはゴールじゃない。
そう言い聞かせて、2000人の聞いてる人たちの顔を見ながら、感じながら話した。


 
 
夢を共有したかった。今現在の自分自身が抱いている夢にたどり着いたとき、身震いがした。
自分が生まれながらに授かったものが、両親のためになるということ。
両親や自分のためであるものが、実は見方を変えれば聴覚障害者全員のためのものでもあり
それは、誰かの幸福や社会の豊かさにも続く可能性があるということ。
 
 
人生をかける上で確信に近いものを持っている。
 
 
それを、皆さんに感じ取ってもらえたのかな。と、グランプリの結果に対して思っている。
とにかく、日頃応援してくださっている方々と喜びを分かち合えたのが何より嬉しい。
 
 

ありがとう

感謝を伝えたい人は、もう書ききれませんが
「夢」がキーワードなので、本当に初期の頃に力を貸してくれた人たちの顔が浮かぶ。
まだ粗くて粗くて仕方のない僕の夢を信じてくれた人たちだ。
 
 
僕の夢をみんなの夢にしてくれた中村わかな、中村美由紀、栗田一歩さん
夢への船出を共にしてくれた桜井夏輝、宮田翔実、tesra、村上美知さん、森内さん、西岡夫妻、かおりん
イベント当日、会社を守ってくれていた岡松さん。
 
 
僕たちの夢は日本一の夢になりました。でも、実現しないと意味がない「夢」です。
引き続き力強く前に進んでいきましょう!!

いつもありがとうございます!!

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尾中 友哉
尾中 友哉
株式会社およびNPO法人「Silent Voice」代表。1989年、滋賀県出身。聴覚障害者の両親を持つ耳の聞こえる子どもとして、手話を第一言語に育つ。大学卒業後、東京の大手広告代理店に勤務。「自分にしかできない仕事とは?」について考える。2014年から聴覚障害者の聞こえないからこそ身についた伝える力を活かした企業向け研修プログラム「DENSHIN」や、ろう・難聴児向けの総合学習塾「デフアカデミー」を展開し、聴覚障害者の強みを生かす社会の実現に向けて活動している。2018年、青年版国民栄誉賞といわれる人間力大賞(主催:日本青年会議所)にてグランプリ・内閣総理大臣奨励賞および日本商工会議所会頭奨励賞を受賞。
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