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「特別視」の正体 – 新体験は「新しいあたりまえ」を生む。

尾中 友哉
尾中 友哉


この天気予報のワンシーンの画像を見て何か気づきますか?
気づくまで注意深く見てみてください。







見てほしかったのは、イギリスの地名ではありません。
女性の右手の肘から先です。

まぁこれが注意深く見て気づく必要があるのか
それほど「大したこと」かどうか。
「大したこと」ではないのかもしれません。
彼女は、イギリスの国営放送に登場するお天気キャスターなのです。

この写真は今日、膳所高校の友人から送られてきました。
彼は今イギリスで働いています。
彼は、義足の人が泳ぐための義足を大学院生時代に開発していました。

テレビの画面、いわゆる表舞台・・・
この女性は、日本の基準では「上肢欠損」と言われる「肢体不自由(上肢)の身体障害者2級」です。

僕自身は、驚きがありながらも、よくよく思えば
最終的には「そりゃそうだよなぁ!!」と思うのです。

この人にとって、お天気キャスターになる方法はいくらだってあったのかもしれない。
そして彼女はそれができた。

野球少年がプロになりたくてプロ野球選手になることと何が違うんだ・・・と
自分の中での捉え方を整えていく。

この女性を最初見た時の態度を振り返って、自分の中に確かな「特別視」を感じる。
だって、「右手の肘から先が[ない]」と思うし「こんなキャスターみたこと[ない]」
[ない][ない]づくしで、特別に感じる。

でも自分は知っている。
僕の両親は耳が聞こえないが、一緒にいると余裕で特別視なんて無くなる。
ただの人間になってくる。

[ない][ない]づくしで、特別に感じることは、例えば外国人にも同じように生じることがある。
「きいたこと[ない]国」「話したこと[ない]言葉」「食べたこと[ない]食事」
だから、特別視に関わるのは欠損(障害)の有無じゃない。

自分の中に「体験」がなければ
なんでも特別に思ってしまう。構えてしまう。避けてしまう。

何を「体験」するかは、誰でも自由に選べばいい。
「体験」を通じて、誰かと誰か、誰かと何かが溶け合うように社会の中で結合していく。

だから、何か目的があって誰かと繋がりたいなら
相手を選んで、相手にとって良い「体験」をつくって、相手に選ばれればいい。
もしくは、その実現のために努力すればいい。
そのときに、自分のできないことを考える必要が、まるでない。

この女性キャスターのように「自分ができること」を発揮して生きていきたい。

ちなみに、イギリスのお天気キャスターのような例が日本にないかというと普通にある。
NHKにも難聴のディレクター(番組制作を主導する人)がいる。(聴覚障害に情報偏っててすみません)
東京パラリンピックのキャスターにも難聴者がいる。
だって、できるんやもん。
むしろ、そのキャスターの視点はパラリンピックの報道では活かされるはず。

「テレビで見たこと[ある]」「職場で話したことが[ある]」「助けてもらったことが[ある]・・・・・

[ない]が[ある]に変わっていく「新体験」が常に誰かの努力によって生み出されている。
そこに「新しいあたりまえ」が生まれる可能性がある。

10年後、このお天気キャスターのお姉さんが映る映像に
誰も何も思わなくなる可能性がある。
いや、そんなことはないか。
明日は傘が必要なのか?と思うわ。

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この記事を書いた人
尾中 友哉
尾中 友哉
株式会社およびNPO法人「Silent Voice」代表。1989年、滋賀県出身。聴覚障害者の両親を持つ耳の聞こえる子どもとして、手話を第一言語に育つ。大学卒業後、東京の大手広告代理店に勤務。「自分にしかできない仕事とは?」について考える。2014年から聴覚障害者の聞こえないからこそ身についた伝える力を活かした企業向け研修プログラム「DENSHIN」や、ろう・難聴児向けの総合学習塾「デフアカデミー」を展開し、聴覚障害者の強みを生かす社会の実現に向けて活動している。2018年、青年版国民栄誉賞といわれる人間力大賞(主催:日本青年会議所)にてグランプリ・内閣総理大臣奨励賞および日本商工会議所会頭奨励賞を受賞。
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